リモートワークが定着した現代、オンライン会議やチャットでのやり取りが当たり前になりました。
しかし、画面越しのコミュニケーションだからこそ、些細な感情の変化が職場全体に大きな影響を与えることがあります。特に注目されているのが「不機嫌ハラスメント」です。
ため息や無視、冷たい態度といった不機嫌な振る舞いは、リモート環境においても、いや、むしろリモート環境だからこそ、より深刻な問題を引き起こしているのです。
不機嫌ハラスメントとは何か

不機嫌ハラスメント(フキハラ)とは、不機嫌な態度や言動を通じて周囲に精神的な苦痛や不快感を与える行為を指します。
モラルハラスメントの一種とされ、意図的か無意識かを問わず、不機嫌という感情を武器にして相手に圧力をかけたり、周囲にストレスを与えたりすることが特徴です。
具体的には、ため息や舌打ちを頻繁に行う、無視や冷たい態度を取る、物を乱暴に扱う、わざと大きな音を立てるといった行為が挙げられます。
パワーハラスメントのように明確な暴言や威圧的な命令とは異なり、「雰囲気」や「態度」で周囲を萎縮させるため、法的にはグレーゾーンであることが多く、問題として認識されにくい側面があります。
厚生労働省の調査によると、職場におけるハラスメント被害の中でも、パワハラやセクハラに次いでモラルハラスメントが多く報告されており、その一形態である不機嫌ハラスメントも決して珍しいものではありません。
不機嫌ハラスメントの厄介な点は、本人に自覚がない場合が多いことです。単に「機嫌が悪いだけ」「体調が悪いだけ」と本人は思っていても、その態度が周囲に与える影響は想像以上に大きいものなのです。
リモートワーク環境における不機嫌ハラスメントの特徴

リモートワークが普及したことで、不機嫌ハラスメントは新たな形で職場に影響を与えるようになりました。
オンライン会議での不機嫌な態度
リモートワークにおける不機嫌ハラスメントは、オンライン会議の場で顕著に現れます。画面越しであっても、以下のような行為が周囲に不快感を与え、心理的なプレッシャーとなります。
カメラをオフにしたまま冷たい声のトーンで対応する、チャットでの返信が極端に遅い、あるいは無視する、オンライン会議中に明らかに不機嫌そうな表情を見せる、相手の発言中にため息が聞こえる、画面を見ずに他の作業をしていることが分かるといった行為です。
一般社団法人オンラインコミュニケーション協会が実施した調査では、日常的にオンライン会議を行っているビジネスパーソン103名のうち、半数以上が「対面時に比べ、メンタルが疲労するようになった」と回答しています。その理由として「相手の感情が読み取れず考え込んでしまい疲労を感じる」「反応がないから伝わっているのかわからない」といった声が挙げられました。
(出典:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000002.000088367.html)
文字コミュニケーションにおける冷たさの増幅
メールやチャットといった文字ベースのコミュニケーションでは、不機嫌さがより増幅されて伝わる傾向があります。相模女子大学の研究によると、電子メールコミュニケーションにおいて、ポジティブ感情は比較的正しく伝わる傾向がある一方で、ネガティブ感情や敵意感情は誤って伝わる可能性が高いことが明らかになっています。
(出典:https://www.sagami-wu.ac.jp/labo/result/mail/)
短い返信、句点の多用、絵文字の不使用といった些細な要素が、相手に「不機嫌なのではないか」「怒っているのではないか」という不安を与えます。
対面であれば表情や声のトーンで緩和される部分が、文字だけのやり取りでは伝わらず、受け手側がネガティブに解釈してしまうのです。
監視や過度な確認による圧迫感
リモートワークでは部下の働きぶりが見えないため、上司が不安から過度な監視や頻繁な進捗確認を行うケースがあります。これ自体がリモートハラスメントの一種ですが、そこに不機嫌な態度が加わると、さらに深刻な問題になります。
「なぜすぐに返信しないのか」「本当に仕事をしているのか」といった疑いの目を向けられ、不機嫌な口調で問い詰められることで、部下は萎縮し、本来のパフォーマンスを発揮できなくなります。
画面越しで伝わる感情の影響力:脳科学からの知見

リモートワークにおけるコミュニケーションの難しさは、単なる主観的な感覚ではなく、脳科学的にも裏付けられています。
オンラインでは脳が対面と認識していない
東北大学の川島隆太教授らの研究グループは、オンラインコミュニケーションと対面コミュニケーションの違いを脳科学的に検証しました。その結果、対面で会話している時は参加者の前頭前野の脳活動が同期(シンクロ)し、お互いに共感が生まれていることが確認された一方で、Zoomなどを使ったオンライン会議では、見た目には盛り上がっているように見えても、脳活動は同期せず、1人でぼんやりしている時とほとんど同じ状態だったことが明らかになりました。
(出典:https://world-academic-journal.com/kawashimar/)
川島教授は、オンラインでは視線が合わず、音声と映像に微妙なズレが生じるため、脳にとっては「質の悪い紙芝居」のように認識されると説明しています。
これにより、相手の感情を正確に読み取ることが困難になり、不機嫌な態度がより強調されて伝わったり、逆に重要な感情のサインを見逃したりする可能性が高まります。
感情の同期が起こらないことの影響
立命館大学の定藤規弘教授の研究でも、対面でのコミュニケーションでは参加者の脳活動が同期し、「こころの共有」が起こることが確認されています。
しかし、オンライン会議では「共同注意」や「社会的随伴性」が損なわれ、タイミングのズレが脳に不満を蓄積させることが指摘されています。
(出典:https://shiruto.jp/life/5362/)
このような状態では、相手の不機嫌さに対する感受性が高まる一方で、その不機嫌の理由や背景を理解する能力は低下します。結果として、「なぜあの人は不機嫌なのか」「自分が何か悪いことをしたのではないか」という不安だけが増幅され、メンタルヘルスに悪影響を及ぼすのです。
カメラオフ・マイクミュートが生む不安
一般社団法人オンラインコミュニケーション協会の調査では、57.2%のビジネスパーソンが、オンライン会議でのカメラやマイクのオフが「メンタル疲れ」や「コミュニケーションの質の低下」の要因になっていると回答しています。
相手の表情や反応が見えない状態では、不機嫌さを感じ取ることも、その真意を確かめることもできず、ただ不安だけが残ります。
(出典:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000002.000088367.html)
不機嫌ハラスメントが職場に与える影響

不機嫌ハラスメントは、単に一時的に気分を害するだけの問題ではありません。職場全体に深刻で長期的な影響を及ぼします。
心理的安全性の低下
不機嫌な人がチームにいると、メンバーは「何を言っても不機嫌な反応が返ってくるのではないか」「また機嫌を損ねるのではないか」という恐怖心から、自由に意見を言えなくなります。これは心理的安全性の著しい低下を意味します。
生産性の低下と離職率の上昇
不機嫌ハラスメントが常態化すると、職場の雰囲気が悪化し、コミュニケーションが減少します。報告・連絡・相談が滞り、チームの連携が崩れ、結果として業務の生産性が大きく低下します。
さらに、継続的なストレスにさらされた従業員は、メンタル不調を引き起こし、最終的には離職につながることもあります。
新入社員が質問できない雰囲気の中で孤立感を抱き、半年以内に退職してしまうといった事例も報告されています。企業にとっては、採用コストや育成コストの損失だけでなく、組織全体の健全性が損なわれる重大な問題です。
感情の連鎖と悪循環
不機嫌は伝染します。不機嫌な態度を取られた人がストレスを抱え、他のメンバーに対しても同じような態度を取るという悪循環が発生します。
人間はネガティブな感情に敏感であるため、不機嫌な人のそばにいるだけでもストレスが高まることが研究で示されています。
このように、不機嫌ハラスメントは組織全体に波及し、職場の雰囲気を悪化させる強力な負のスパイラルを生み出すのです。
対策:個人・マネージャー・組織のバランスある取り組み

不機嫌ハラスメントを防ぎ、健全なリモートワーク環境を構築するためには、個人、マネージャー、組織それぞれのレベルでの取り組みが必要です。
個人レベルでできる対策
感情のセルフマネジメント
まず、自分自身が不機嫌ハラスメントの加害者にならないよう、感情のコントロールを意識することが重要です。イライラや不満を感じた時は、深呼吸をする、一度席を外すなど、感情を落ち着かせる方法を持ちましょう。
体調管理も大切です。睡眠不足や体調不良は不機嫌の原因となります。研究によれば、肩こりがある人とない人では、同じ仕事をした時のストレス度が約3倍も異なることが示されています。
定期的な休息を取り、心身のコンディションを整えることが、不機嫌ハラスメントの予防につながります。
オンラインコミュニケーションの工夫
文字でのやり取りでは、できるだけ丁寧な表現を心がけ、絵文字や感嘆符を適度に使って温かみを持たせましょう。誤解を招きそうな内容は、メールやチャットではなく、音声通話やビデオ通話で伝えることも効果的です。
オンライン会議では、できるだけカメラをオンにし、相槌や頷きなど、反応を積極的に示すことで、相手に安心感を与えることができます。
また、自分の状態を言葉で伝える習慣も大切です。「今日は少し疲れているので、反応が遅くなるかもしれません」と事前に伝えるだけで、相手の不安を軽減できます。
マネージャー層が取り組むべき対策
チームの心理的安全性の醸成
マネージャーには、チーム全体が安心して発言できる雰囲気を作る責任があります。
定期的な1on1ミーティングを実施し、メンバーの状況や悩みを把握することが重要です。対面とオンラインを使い分け、重要な話や感情的なテーマについては、できるだけ対面またはビデオ通話で行うようにしましょう。
リモートワークマネジメントのスキルを磨くことも必要です。部下の業務の進捗を把握するために、過度な監視ではなく、成果物のレビューや定期的な報告の仕組みを整えることで、お互いの信頼関係を構築できます。
不機嫌ハラスメントへの早期対応
チーム内で不機嫌ハラスメントの兆候が見られた場合は、早期に対応することが重要です。当事者と個別に話し合い、周囲への影響を伝え、改善を促しましょう。必要に応じて、配置転換やチーム編成の見直しも検討します。
ただし、不機嫌の背景には、業務過多や評価への不満、体調不良といった問題が隠れている場合もあります。一方的に叱責するのではなく、原因を探り、適切なサポートを提供することが大切です。
組織として取り組むべき対策
ハラスメント研修とガイドラインの整備
定期的にハラスメント研修を実施し、不機嫌ハラスメントを含む様々なハラスメントについて、全従業員に理解を促すことが重要です。
「どのような行為がハラスメントに該当するのか」を具体例とともに示し、無自覚な加害を防ぎましょう。
リモートワークに特化したコミュニケーションガイドラインを作成することも効果的です。オンライン会議のマナー、チャットでの適切な表現方法、業務時間外の連絡ルールなどを明文化し、組織全体で共有します。
相談窓口の設置と周知
ハラスメントの相談窓口を設置し、従業員が安心して相談できる体制を整えます。厚生労働省は、パワーハラスメント防止措置として相談窓口の設置を企業の義務としています。リモートワーク環境でも利用しやすいよう、オンラインでの相談受付や匿名での通報制度を導入することが望ましいでしょう。
労務管理と働き方の見直し
テレワークにより、通常勤務よりも長時間労働になる場合が見られます。長時間労働はストレスを蓄積させ、不機嫌ハラスメントの温床となります。
適切な労務管理を行い、長時間労働を防ぐことで、従業員のメンタルヘルスを守り、健全なコミュニケーションを促進できます。定期的な休暇取得の推奨や、勤務時間の可視化なども有効です。
画面越しだからこそ、心配りを

リモートワークが当たり前となった今、画面越しのコミュニケーションにおいても、いや、画面越しだからこそ、相手への配慮と感情のコントロールがより重要になっています。
不機嫌ハラスメントは、本人に悪気がなくても周囲に深刻な影響を与えます。オンライン環境では感情の読み取りが難しく、些細な不機嫌さが増幅されて伝わるため、対面以上に注意が必要です。
個人としては自分の感情を管理し、丁寧なコミュニケーションを心がけること。
マネージャーとしてはチームの心理的安全性を守り、早期に問題に対応すること。
そして組織としては研修や制度を整え、全従業員が安心して働ける環境を作ること。
この3つのレベルでのバランスの取れた取り組みが、健全なリモートワーク環境の実現につながります。
画面越しでも、あなたの表情や態度、言葉の選び方は確実に相手に伝わっています。一人ひとりが意識を変えることで、より良い職場環境を作ることができるのです。
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