「時短ハラスメント」という言葉を耳にする機会が増えてきました。
2018年にユーキャンの新語・流行語大賞にノミネートされたこの言葉は、現代の職場環境における新たな問題として注目を集めています。
しかし、実際にどのような行為が時短ハラスメントにあたるのか、その影響や対策について理解している人は多くありません。
本記事では、時短ハラスメントの定義から組織への影響、そして効果的な対策まで、ビジネスパーソンが知っておくべき情報を詳しく解説します。
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時短ハラスメント(ジタハラ)とは

時間短縮ハラスメント(略して「ジタハラ」)とは、業務量を適切に削減することなく、残業をせずに定時退社することを強要するハラスメント行為を指します。
これは、日本政府が近年推し進める「働き方改革」の影響を受け、目につきやすい残業時間を減らすために横行した現象です。
残業時間を減らすこと自体は「働き方改革」のための適切な方法であり、問題はありません。
しかし、減らされるのが残業時間だけで、業務量そのものは減っていないという状況が問題になっています。
時短ハラスメントが起こる背景

時短ハラスメントが広まった背景には、いくつかの要因があります。
働き方改革関連法の施行
2018年6月に成立した働き方改革関連法(大企業は2019年4月、中小企業は2020年4月から適用)により、「ワーク・ライフ・バランスの推進」や「長時間労働の見直し」が推進されるようになりました。
企業は残業時間の削減を急ぐあまり、業務量の適正化など根本的な改革を行わないまま、表面的な数字の改善だけを追求する傾向が生まれました。
長時間労働文化からの急激な転換
日本企業では長い間、長時間労働が美徳とされる文化が根付いていました。
しかし、過労死やメンタルヘルス問題の深刻化を受け、急激な方針転換が図られています。この急激な変化に、多くの職場が適応しきれていないのが現状です。
人手不足と業務効率化の遅れ
長年放置されてきた長時間労働による過労死やうつ病対策等の悪影響を解決するために、働き方改革やワークライフバランス、健康経営という取組みを進めることは素晴らしいことです。
しかし、肝心の業務量が減らないまま、単に労働時間のみを適正化しようとした「ひずみ」が時短ハラスメントに繋がりました。
時短ハラスメントの具体例

時短ハラスメントは様々な形で職場に現れます。以下に代表的な例を見ていきましょう。
無理な業務量を押し付ける
今まで残業をしてこなしていた業務量はそのままに、「定時だから帰宅しろ」と帰宅を強要し、その上で「定時に仕事が終わらないのは、部下個人の生産性の問題だ!」と叱責するケースがあります。
また、残業禁止としておきながら物理的に時間内にこなせない業務量や納期を指示することも時短ハラスメントにあたります。
サービス残業を誘発する
部下が自主的に残業分を持ち帰るなどのサービス残業や、タイムカードの残業時間調整などの「残業偽装」を部下が自主的に行うように仕向け、その実態を知っても知らないふりをするケースもあります。
増員要請を拒否する
どうしても人手が足りず「増員して欲しい」と願う部下に、「人件費が増えるので許可できない」「増員がなくてもお互い協力してチームワークを発揮すればできる」「そもそも各自の工夫や努力が足りないのでは?」など、増員を断るケースも時短ハラスメントに該当します。
中間管理職への負担増加
一般社員が残業できない分、中間管理職が時間内に対応できなかった部下の仕事を引き取ることで、中間管理職の残業が膨大化するケースもあります。
管理職には残業は関係ないという考えは昔の話です。
管理職でも一般職レベルの仕事を行っている実態があれば、労働基準法上の「管理監督者」ではないと判断される可能性があります。
時短ハラスメントがもたらす悪影響

時短ハラスメントは個人だけでなく、組織全体にも深刻な影響を及ぼします。
従業員への悪影響
心身の健康問題
ジタハラが続けば部下の労働に対するモチベーションは低下し、場合によっては身体を壊したりして休職してしまうこともあります。
休職が発生すれば医療費負担が増加し、コストの上昇が考えられます。
モチベーションの低下
ジタハラを受けた社員の多くは、自宅やカフェでサービス残業を行うようになります。
しかし、サービス残業中の給料は支払われないため、社員の給料は実質的に減給されてしまいます。
このため、業務に対する社員のモチベーションを著しく低下させてしまう可能性があります。
サービス残業の常態化
そもそも業務量が減るわけではないので、物理的に今までどおりに残業しないと、業務は終了しませんが、時短ハラスメントを受けると、その分の残業時間を会社に申請するのが困難になります。
結果として、サービス残業が常態化します。
たちが悪いのは、皆がサービス残業を行うとそれが社内で暗黙のルールになるため、正論である残業申告に意義を唱えることが難しくなります。
企業への悪影響
生産性の低下
労働時間を短縮したのに業務量は減らず、納期も延びないという状況は、やっつけ仕事につながります。
品質が低下すれば手戻りややり直しが増え、業務量がさらに増加し、悪循環に陥ります。
離職率の上昇
時短ハラスメントによる無理強いやプレッシャーにより、現場の社員の間にはストレスや不安が蔓延し、休職者や離職者の増加に繋がるリスクが高まります。
また、離職者が増えても業務量が減るわけではなく、残された社員に負荷が集中することで、さらに離職が増加する悪循環に陥る可能性があります。
情報セキュリティリスク
残業を隠す「持ち帰り残業」は、セキュリティリスクが上昇します。
PC類を持ち出すことによる運搬・保管時の盗難リスクが高まります。
また、カフェやシェアオフィス等を利用した結果、情報漏洩につながる事故の発生や、管理外のネットワーク接続によるウイルス感染なども危惧されます。
ブランドイメージの低下
時短ハラスメントによるサービス残業の強要など、賃金の不払いは労働基準法違反にあたるため、訴訟に繋がる場合もあります。
いわゆる「ブラック企業」に対する社会の目は厳しく、送検や起訴まで至らなくとも、労働基準監督署からの指導や社名公表だけでも企業イメージは大きく損なわれます。
コスト負担の増加
サービス残業が発覚すれば、過去3年に遡って実際に働いた残業分を全て支払うなどのコスト負担が突如発生するリスクがあります。
労基署の検査がなくても、労働組合が経営に交渉し、未払い残業代の支給を勝ち取ることでも同様のことが発生します。
時短ハラスメントへの対策

時短ハラスメントを解消するためには、企業として体系的な対策を講じることが必要です。
業務量の適正化
組織単位で業務量を減らすことが大切です。
業務時間内にすべての作業が終わるように調節することで、社員への負担は減っていきます。
業務量を減らすためには作業工程の見直しが不可欠ですし、無駄な業務がないかを逐一チェックすることが必要です。
例えば、「会議は本当に1時間必要なのか、30分でも良いのではないか?」など、社内業務における常識をいま一度疑い、改善の意識を社員全員が持つ必要があります。
そもそも残業しなければこなせない業務量が常態化しているのは適切ではありません。
「毎回作成するけど経営会議で議論されているかわからない資料」など、以前は必要だったとしても、今ではいらなくなった仕事は意外とあるものです。
「形骸化した・今では必要なくなった」仕事をアンケートで集計し、意思決定で止める/継続を判断してもらうなど、現場の声をボトムアップで吸い上げることが重要です。
人員配置の見直しと増員
業務量に対して適正な人員が不足している状況では、人員補充の努力も重要な施策です。
全社や部署の業務分担を見直し、全体最適の視点で適正な人員配置を行います。
特定の社員への業務の偏りなどがなくなり、各人が得意な分野やスキルにあわせた業務を行うことで、無駄な手戻りや作業時間の減少、モチベーションの向上も期待できます。
また、シニアやフリーランスの力を借りて、労働力の強化を図る企業も増えています。
社員の採用や育成にはコストが大きくかかるため、業務効率化のためのソフトウェアなどを導入することも一つの手段です。
ソフトウェアの導入は多くの場合、社員を一人採用するよりも安く済む場合が多いので有効な選択肢となります。
業務効率化とITツールの導入
AIやITツールの導入、アウトソーシングの活用は業務効率を大幅に改善できます。
業務の自動化や煩雑な作業の外部委託は、社員がより重要な業務に集中できるようになります。
特に、繰り返し作業やデータ処理などの負担が軽減されることで、全体の業務効率が向上し、生産性の改善が期待できます。
社員教育の強化
社員全体のスキルアップも業務効率を高める重要な要素です。
優秀な社員のノウハウの共有や、研修やOJTを通じたプロジェクトマネジメントスキルの習得などは、個人の能力向上だけでなく、職場のチームワークや問題解決能力の強化や組織全体の生産性向上にもつながります。
ハラスメント防止の仕組みづくり
経営や上司のマネジメント観がアップデートされ、ハラスメントを行わずに組織運営を行うことが当たり前という意識が自然な「空気」のようになって初めてハラスメントは撲滅されます。
「悪気がないけど、他のやり方がわからない」ことを理由にハラスメント的なコミュニケーションを取ってしまわないよう、「どうすればいいのか」を経営から現場まで、研修・教育を行い、徹底しましょう。
加えて、ハラスメントの相談窓口を設置するなど、防止の仕組み作りを行うことです。
「ちゃんと経営や人事は見ている」ことを示すことで、現場は安心しますし、ハラスメントの抑止力にもなります。
さいごに

時短ハラスメントは、働き方改革という名目の下で生まれた、新たな形のハラスメントです。
単純に労働時間を削減するだけでは、却って労働環境を悪化させ、従業員の健康や組織のパフォーマンスに悪影響を及ぼします。
真の働き方改革を実現するためには、業務量の適正化、人員配置の見直し、業務効率化、社員教育、そしてハラスメント防止の仕組みづくりなど、複合的なアプローチが必要です。
経営陣と現場が一体となって、働きやすさと生産性を両立させる職場づくりに取り組むことで、時短ハラスメントのない健全な労働環境を実現しましょう。
従業員が自分のペースで働き、心身の健康を保ちながら成果を出せる組織づくりが、今後の企業の競争力を左右する重要な課題となります。
BasisPoint Academyでは、時短ハラスメントを含む様々なハラスメント防止に特化した研修プログラムをご用意しています。
働き方改革を推進しながらも従業員の負担を増やさない組織づくりのノウハウや、管理職向けの効果的なマネジメント手法など、御社の状況に合わせたカスタマイズも可能です。
健全な職場環境づくりに向けて、ぜひお気軽にご相談ください。